班長の大和田@渋谷ハチ公前

マッサキ応援チームとは

マッサキ町出身の班長(大和田)が三陸の大船渡市マッサキ町を何か応援したいと思ったのが始まりです。その後、有志の方に半ば強引にお願いをして、メンバーとなっていただきご協力いただいているチームです。そして、支援とは何か震災とは何か伝えるとは何かをテーマにこれからも地道に活動をしていきます。モットーは、明るく楽しく!!

2011年に発生した東日本大震災で、マッサキ町も甚大な被害を受けました。そして、世界中から多大な支援を受けてきた被災地。数年が経った今でも全国からボランティアの方が頑張ってくれています。当時、連日報道される救援活動の様子にやきもきし、故郷を離れ生活していた人の中には、すぐにでも駆けつけたい!そういった方も少なからずいました。しかし、自分たちの生活もありすぐに行動を起こせる人ばかりではありませんでした。私は、震災当時、東京で生活していましたが、幸いすぐに地元(マッサキ)に行くことができました。そして、楽観視していた自分を悔いました。にわかに信じられない光景が目に入ってきました。その後、ご縁があり、半年程地元の隣町で震災関連のお仕事をすることができました。しかし、張り切って地元へ戻りましたが、思うような支援は出来ずしまいでした。ある程度は覚悟していたつもりでしたが、人の役に立つということは、生半可な気持ちではできないのだとようやく分かりました。何も出来ず苦い体験となりました。

その後、東京へ戻り中途半端になっていた某美術大学(通信制)に復学し卒業しました。卒業制作のテーマは「震災」以外にありませんでした。被災の悲惨さをより多く伝えたい。心からそう思いました。言葉で言うのは、どれだけ簡単か。散々メディアが発信している状況を見て愕然としました。自分なりに訴え方を真剣に考えに考えました。その答えの一つが、現場に来てもらうこと。それが一番のメッセージになると考えました。そして、その行動をアシストできることをしようと思いました。それが、マッサキをアピールすることに重なりました。そして、マッサキのことを調べて行くうちに、いいところがたくさんあるのに何故もっと積極的にアピールしていかないのだろうという疑問が湧いてきました。ただいろいろお話を聞いていくうちに、積極的にアピールしたいと思っても、そのようにできなない産業的な構造があるようにも個人的には思えます。

しかし、それを抜きに考えると、マッサキはもちろん、三陸は本当に魅力的な地域なんだと思います。三陸というと魚介類に目がいってしまいますが、面白い文化、風土もたくさんあります。先ずは、自分の地元であるマッサキから!何と言うんでしょうね、マッサキの、三陸の生の部分、まだまだ掘りきれていませんので、お楽しみに。

マッサキのfacebookページでもゆる〜く情報を発信中ですので、みなさんの応援もよろしくお願いします。